
サクランボの木を観察していたらなんと花が咲いていました!
もうびっくり!
花が咲いている木は植えて5年くらいの若い木です。
きっと夏の暑さで勘違いしたのだとはじめちゃんが言っていました。

花は数か所咲いており、中には実になりかけているものもありました。
どこで狂ってしまったのか・・・
この夏の暑さと雨がほとんど降らない日々。
サクランボにとっても過酷な日々でありましょう。

9月3日と4日にダイコンの種をまいたのになかなか芽がでません。
土を厚くかけすぎたの・・・とはじめちゃんは悩んでおりました。
近所の人や畑友達に聞き込みを開始したところ
芽が出ている人たちは毎日大きな桶に水を汲んでいって
畑に水をまいているということが分かりました。
そこではじめちゃんは毎日大きなおけに水を汲んで
ジョウロでダイコンに水をかけました。
そのかいがあってようやくダイコンの芽がでました。
芽の周りにかかっているのは籾がら、ピンク色の粒はネギリトンという薬です。
ネキリムシ(根切り虫)は夜間徘徊し、株の地ぎわ部分をかみ切る蛾の幼虫の総称です。
せっかく出てきた芽をポッキリと折ってしまうのです。
家庭菜園やガーデニングの天敵と言われていますが
このピンクの粒剤はネキリムシが大好きな味がするそうで
この甘い薬を幼虫たちがなめるとお亡くなりになるという寸法です。
籾がらは土の乾燥防止にまくそうです。
こうして水を毎日かけてようやく芽が出ました。
まだ山形は雨が降りません・・・
11月頃に収穫ですが美味しい漬物の大根に成長してほしいです。

写真の真ん中にいるイナゴがわかりますでしょうか?
緑色と黄色のバッタと似ているのがイナゴです。
バッタとイナゴの違いはなんでしょうか?
バッタは自分の身長の数十倍くらいしか飛べませんが
イナゴは羽を持っているので遠くまで飛ぶことができるのです。
稲の穂が垂れ下がった田んぼに近づくと
さわさわっ~と音がしてイナゴが飛んで逃げていきます。
このイナゴを捕まえるのはなかなか難しいです。
でも今年はイナゴがたくさん田んぼにいます。
去年は雨が多くイナゴが少なかったような気がしますが
さてこのイナゴどうしてお米の害虫なのでしょう。
イナゴは稲の葉っぱを食い荒らしますが、お米にはキズがつきませんので
お米は無傷でもちろん食べられます。
しかし8月の出穂期以降にイナゴが大発生して、
葉っぱや穂まで食い荒らされると収穫量が減ってしまいます。
それで昔から害虫退治とタンパク源の摂取という意味合いも含めて
子供たちも総動員してナゴ捕りをしていたそうです。
イナゴを捕まえる時には袋に入れていきます。
(今はペットボトルに入れたりもしますが
ペットボトルに入れるとイナゴを取り出すのが一苦労です。)
それを袋のままお湯で茹でます。
水に放ってからゴミなどを取ってから佃煮を作ります。
このイナゴの佃煮とてもお高いのです。
イナゴを捕るのは人の手でしか捕れないからでしょう。
娘が長瀞小学校の頃、田んぼにイナゴ捕りに行ったそうです。
そのイナゴを担任の先生が佃煮にしてくれた思い出があります。
調べてみると食用イナゴの最大の産地は仙台平野だそうで
1シーズン合計では100トンを超えるといいます。
実はそれでも足りなくて中国から輸入しているそうです。
イナゴを食べる人は多いのですね。
私は苦手ですが・・・スミマセン。
9月11日は二百二十日、
二百十日は有名ですが、二十日というのもあることを知りました。
二百二十日とは
雑節の一つで立春から数えて220日目。
八朔(旧暦8月1日)や二百二十日とともに、農家の三大厄日とされている。
台風襲来の特異日で、富山県八尾町の「おわら風の盆」等各地で
風鎮めの祭が行われて来ました。

写真↑ 二百二十日の田んぼです。
遠くに見える山は通称「亀の子山」です。村山市の方面です。
清さんはこの山まで遠足に行ったそうです。
この山は河島山という山だと思われます。
今は河島山ニュータウンが開発されています。
9月11日は東日本大震災から半年
アメリカの同時多発テロから10年
いろいろな日が重なった日となりました。
おりしも二百十日ではなく二百二十日だということがわかりました。
ちなみに今年の二百十日は9月1日、台風12号が襲来した日でした。
暦というのは農業ととても深くかかわっています。
うちにも農業暦というカレンダーがJAから配られていて
田植えや稲刈りなどもデーターはもりろんですが
昔ながらの暦をもとに進められている所もあります。

9月7日にサクランボの剪定をしてくれるプロの人をお願いしたところ
畑じゅうに枝が散乱して、枝拾いを朝からしました。
はじめちゃんも剪定はできるのですが、自分のサクランボの木だと
どうしても切ってしまうのがもったいないという気持ちが先にたって
思い切って枝を切り落とすことができないのです。
そこで毎年同じ人に剪定をお願いしています。
バシバシと気持ちいいほど切っていくのでたちまち枝で畑がいっぱいになります。
その枝をまず大きなハサミで出ている枝を切ってトラックに積みやすくします。
写真↑のはじめちゃんがやっている仕事です。
この後すぐに私の仕事になりました。
ハサミはとてもよく切れるのですがかなり力が要ります。

その枝を清さんが軽トラックに積み込んで別の畑に持っていって
乾くまで積み上げておき、その後燃やします。
今日は軽トラック6台も枝がありました。
作業中はそうでもなかったのですが
終る頃にはハサミを持っていた手がパンパンになり
枝を拾うので足腰が痛く、日頃の運動不足がてきめんです。
ブログを書いている夜には頭まで痛くなり太ももの後ろ、腰、腕、肩、手
もう全身が痛いです・・・こんなに早く痛みがくるなんて若い!!
と一人で痛いながらも喜んでおります。
ちなみに清さんもかなりお疲れのようです。
はじめちゃんは枝拾いはせず、切った枝の切り口に塗り薬をぬっていました。
はじめちゃんは夏ごろから腰が痛い!と言って
辛いお仕事は私たちに振ってきます。
それもいいかな~と修行の日々であります。
でもにわか農家はなかなかはじめちゃんの足元にもおよびましぇん。

9月9日重陽の節句のラフランスです。
9月9日は救急の日、重陽の節句、菊の節句とも言われています。
「重陽=ちょうよう」とは9月9日にあたり、菊に長寿を祈る日です。
陽(奇数)が重なる日で、奇数の中でも一番大きな数字という意味で重陽といわれています。
日本では奈良時代から宮中や寺院で菊を観賞する宴が行われています。
8月の末からのゆっくり台風で雨が多いと思われるでしょうが
山形は雨はほとんど降らず、
ラフランスも8月とあまり大きさは変わらないようです。
ちなみに古文の懐かしいお勉強です。
五節句とは
人日(じんじつ)(一月七日)
上巳(じようし)(三月三日)
端午(たんご)(五月五日)
七夕(七月七日)
重陽(九月九日)です。
七夕って節句だったのですね・・・スミマセン
古文の二宮むら子先生ごめんなさい。

この大きなクルミの木はラフランス畑の隣りにある木です。
ラフランスを植えたばかりの頃にはクルミの木はまったく目立ちませんでしたが
この20数年ですくすくと伸びてこんなに立派なクルミの木になりました。
木の高さは3階以上はあるでしょうか?
ひときわ目立つ木になりました。
クルミの木で思い出すのは「チロリン村とクルミの木」
1956(昭和31)年から1964(昭和39)年4月までの約8年間NHKで放送されていた人形劇です。

私は1960円生まれなのでテレビで見た記憶があります。
次に放送されたひょっこりひょうたん島はよく覚えているのですが
チロリン村とクルミの木はその題名だけが脳裏に焼き付いていて
このクルミの木を見た時にふっと思い出したのです。
クルミが木にこんな風になっているなんて実は知らなかったのです。
お恥ずかしいです。
このクルミ、ラフランスの収穫の頃には下に落ちていることでしょう。

秋になってクルミが落ちていたら↓こんな風に処理するそうです。
それも知りませんでした。スミマセン。
1 採取は皮に包まれたままの実を拾ってきて、水に入れておき、
表皮が腐って、堅い実がでるまで放っておく。
2 実だけになってら、これを乾燥して、保存しておく。
3 殻を剥くには、表面に水を付けて、コンロなどで直火に当てて焼くと、
殻合わせ目に隙間が出来るので、
ここに刃のこぼれてもいいような古い包丁をいれて、包丁の背を、
小槌などでたたいて割る。
4 後は千枚通しの様な先端のとっがった物でほじり出す。
5 保存は、袋などに入れて冷凍にしておく。