– 名所・旧跡・すてきな場所」カテゴリーアーカイブ

平安の風わたる公園

秋田県シリーズ~4


秋田県横手市にある
「平安の風わたる公園」です。
前日のせせらぎ公園のあとに行った公園です。

歴史の教科書に「後三年の役」というのを覚えているでしょうか?
その戦争があった古戦場に建てられた公園だそうです。
後三年の役のあらましはここをクリック

この橋を見たとたんに映画のセットだと思いました。
時代劇の日本橋のシーンを思わず思い出しました!

暑い日だったのですが、たくさんの人が憩っているはず・・・と思いきや
なんと高校生らしき釣り人一人と
学生らしき釣り仲間4人だけ・・・
こんな広い場所に私たちのほかに5人しかいないのです。
あくまでもこの橋と沼の周囲にですが
館の方には行って見ませんでした(すみません)

なんというぜいたくな場所でしょう。
午後3時頃だったのでみんな帰ってしまったのでしょうか?
それにしてもこの橋、上っては下り、上っては下り・・・疲れるのです。
暑い・・・秋田県もかなり暑い・・・

平安の風がすっ~~~~と吹いてくれるはずもなし
真夏日の平安の午後でありました。

おまけ☆ここは納豆発送の地だそうです☆
後三年の役(1083~1087年)で戦いの最中、
源義家(八幡太郎義家)が金沢地区の農民に豆を煮させ兵糧として供出させたところ、
数日後、その煮豆が香ばしい香りをただよわせ、糸を引くようになりました。
義家はこれに驚き、食べてみたところ意外においしかったため、その後も食用としました。
これを聞いた農民達も自ら作りはじめ、後世に伝えたのが「納豆」として全国に広がったとされています。

せせらぎ公園

秋田県シリーズ~3

秋田県美郷町千畑地区の ラベンダー園の近くにある「せせらぎ公園」
先日行ったラベンダー園から下った所にある無料の公園。
暑さを忘れて童心に返って遊べるところです。
こんなすてきな場所があったのか・・・と思うところです。
せせらぎ公園の地図はここをクリックしてね。


緩急の流れを組み合わせた約1kmの浅瀬で、安全に思う存分水遊びが出来ます。
周辺には子ども向けの遊具やアスレティックコースも整備されています。


写真↑左側に写っているのは清さんです。
思わず遊びたくなっています・・・
ざっこしぇめ(魚釣り)のことを考えているようです。

小さな子供がいたらどんなに喜ぶだろうと
思わずジジババの気持ちになってしまいました。
私たちもそんな年になったのかと・・・
まだまだそんな知らせは届くはずもありませんが

誰かに知らせてあげたいそんなすてきな水辺を発見しました。
秋田県美郷町のホームページの観光施設をクリックしてね。
美郷町の魅力がいっぱい発見できますよ。

大間崎

本州最北端の地、マグロで有名になった大間に行ってきました。
尻屋崎のあと、大間に向かいました。

まずは本州最北端の碑の前でパチリ!
寒くて風が強くて、特に薄着の清さんには辛かったようですが
路地を1本入ると・・・寒さを忘れるようなお楽しみが・・・


あやちゃん号と書かれた屋台でタコの足を焼いて売っているおばちゃんが出現、ついつい足を止めて買ってしまう・・・
タコの足1本300円、切れ目を入れてくれおつまみに最高!
タコ飯を作るように作り方まで教えてくれました。


丸ごと一匹も風に揺れている~
おばちゃんのススメで一番前のタコ君を1000円でお買い上げ、
はじめちゃんのお土産に、おばちゃんは買わせるのが上手だ~
はじめちゃんはタコが大好きなのです。


隣りの屋台は生うにを売っている 2個で500円
「お隣さん一寸留守だけど売ってあげるからさぁ」ここで食べて行きなさいと
小さい小屋に案内されてお茶もお菓子もスルメもでてきた・・・

そこへ屋台のおばちゃんだちが集合して
「地震からお客さんがまったく来ないのよ」
「普段は観光バスが10台も来て忙しいのに、1台も来ないのよ」
「地震の被害があった人も大変だけどここも大変、まずは我慢かな」
「明日は岡田幹事長が来るからあってこないとね」
大間のおばちゃんたち、しゃべるしゃべる・・・でも楽しいのです。
人とのふれあいが旅を楽しくするのですね。

旦那さんがウニやタコを取って、おばちゃんたちが売る。
津波にあった人たちもこうやって生活していたんだろうに
大間のおばちゃんたちも津波に遭った人たちのことを
自分たちのことのように心配していました。

土曜日だというのい本当にお客さんがいないのです。
パラパラとはカップルや夫婦連れ、家族連れなども見かけますが
気の毒なくらいに人がいないのです。

遠い最果ての地ですが、いいところです。
人情があります。
優しさがあります。
ブログで宣伝しますと大間のおばちゃんたちとも約束しました。
どうぞ大間を~青森県を~よろしくお願いいたします。

尻屋崎


尻屋崎灯台 青森県下北半島の右側にあります。

仙台泉スマートインターチェンジを朝7時に出発して
尻屋崎に着いたのは12時、
東北自動車道安代ICから八戸自動車道~第二みちのく道路
三沢から国道338号をひたすら北上して行きました。
途中は大雨と風のお見舞いもあり、寒気が入ってきているのがわかります。

尻屋崎の入り口にはゲートがあって4月~11月までの日中のみしか入れません。
このゲートが通行止めだと思い、この先まで行ってしまいました。
戻ってゲートの前で停まっていると向こうから走ってくる車があり
ゲートが自動的に開くことがわかりました。
ナルホドあきらめて帰らなくてよかった・・・

尻屋崎は空は曇って風が強く気温は5℃くらい、
たまに雨が落ちてきます。コートにマフラーを巻いても寒くて寒くて・・・


この灯台のあちらこちらに放し飼いになっているのが
有名な「寒立馬=かんだちめ」です。
放牧されていて人が近づいてもずっと草をはんでいます。
さわっても草から離れません・・・
足は太く、ずっしりとしてとても大きいのです。


こんな黒毛の馬もいます。白毛も栗毛もいます。
みんな草をずっと食べています。
さわってみると暖かい・・・ちょっと目をあげてまた草をはみます。
かわいくてずっとさわっていたかったのですが
寒くて寒くて~さすが青森のはしっこ、びっくりです。


「がんばれ!東北だべっ」

啓翁桜とソメイヨシノ


4月28日のブログで書いた啓翁桜の山が満開になりました。
その時には気がつかなかったのですが、
その山にはソメイヨシノが何本かあり、満開となっていました。
今回は山の途中まで登っていきました。といっても車でスイスイいけるのですが
だ~~~れもいません。独り占めのお花見です。

比べてみるとソメイヨシノの方が花の数も多くふっくらと咲いているので
やはり一段と豪華な気がします。
桜の花の色も啓翁桜の方がピンクがより濃いです。

桜というとソメイヨシノになったのだということがわかります。
私の好きな作家の立原正秋は桜はヤマザクラが一番だと書いています。
ひっそりと咲いて奥ゆかしいのだそうです。
八重桜は厚化粧の女性だとも言っています。

桜の好き好きはその人の感性そのものでしょう。
私は幼稚園の庭に咲いていた八重桜や
上野公園の八重桜を懐かしく思い出してしまいます。

あおによし奈良の都のやえざくら~と古典の授業も思い出したりして
「あおによし」は奈良の枕詞です!テストに出ますから!
古典の先生は二宮むら子先生でした!いとなつかし・・・

仙台市泉区の桜


仙台市泉区将監(しょうげん)の桜です。
泉郵便局の前に桜並木があります。その桜並木が5分咲きです。
郵便局に用事があったのでお花見を一人で楽しんできました。


青い空と桜、まるで地震があったことなど忘れてしまうくらいきれいな桜です。
今年は桜を見に行く気持ちになりませんでしたが
今日は久しぶりの仙台での一人の日曜日、
本当にこんな日曜日は何年ぶりでしょう。

桜をみると心がなごみます。
気持ちが軟らかくなるようです。
すてきな日曜日を過ごすことができました。

思い出~隠田神社

23歳まで住んでいた渋谷の思い出をたどっていくと、
穏田神社が浮かんできます。
今もこのあたりは変わらないたたずまいを見せています。

渋谷の隠田神社(おんでんじんじゃ)の社務所の隣りのスペースで
以文教育研究所=以文塾という塾がありました。
角田先生というおじいちゃんが塾長先生で火木土の週3日今でいう学習塾でした。
塾というよりも寺子屋みたいな塾でした。

JKK塾・角田健三先生
こんなに偉い先生だとは…
私は最後の方の教え子でした。卒業して3年くらいで塾は閉塾しました。

大学時代に農家の研修に行きたいと私が言った時にも
先生の息子さんを紹介してくれて千葉の木更津のレタス農家を紹介してくれました。
これが今の私が山形に嫁いだ原点を作ってくれたのです。
そして私が山形に嫁いだのを先生はとても喜んでくれていました。
先生はもうずいぶん前にあちらの国に旅立っておられます。

今でも隠田神社の風景は夢にでてくるのです。
幼稚園の帰り道に寄り道をしたり、学校の帰りに寄り道をしたり
近くに漢方薬の店があり、漢方薬の匂いが今でもよみがえってくるようです。

渋谷界隈、今では裏原宿といわれるようになりましたが
昔は渋谷川が流れ、トロリーバスも走っていました。
その渋谷川も暗渠になり、かつての渋谷女子校は渋谷中学高等学校になり
もうもう、浦島太郎のようにびっくりです。

原宿にもこの穏田神社にも数年行っていませんが
ネットで見るとそのままでとても懐かしい場所です。

東京スカイツリー


3月26日仙台から東京へ来る時にみた東京スカイツリー。
首都高速向島6号線から見たスカイツリーです。
隅田川沿いの首都高を走ると今まではアサヒビールの
本社ビルが一番目立っていたのですが、
スカイツリーがにょきにょき伸びてきてからは
どうしてもスカイツリーに目が行ってしまいます。

12月に見たときよりも確実に高くなっているのが遠目でもわかりました。
2010年12月20日のブログをご覧下さい。

3月18日13時34分には最高高さ634mに達したそうです。
覚えやすいように「634」=むさし=武蔵だそうです。
完成は2012年春なんですね、あと1年待たなければならない。
う~~んまだまだ長い道のりですね。
完成までにあと何回首都高を走るのかな?

東北道~浦和料金所~川口線~江北JCT~中央環状線~大橋JCT~渋谷線
だとスカイツリーは見えません。
でも大橋ジャンクションの合流でとても渋滞するので
掲示板の渋滞情報をみて、スカイツリーか大橋ジャンクションか迷って走っています。
まあ私が首都高を運転することはありませんのでご安心下さい。

喜寿のお祝い


2月11日はじはじめちゃんの77歳のお誕生日でした。

毎年はじめちゃんのお誕生日のあたりに旅行へ行くことにしています。
今年はいわき湯本温泉の「古滝屋」のお祝いプランを申し込みました。
夕ご飯には赤いちゃんちゃんこのサービスと赤白のワインボトル、バースデーケーキ
写真のサービスまでありました。お料理は今が旬のあんこう鍋です。

食事の前に赤い帽子とちゃんちゃんこで記念写真を撮りました。
77歳の現役の農家のじいちゃん万歳です。
これからも元気においしい果物やお米を作ってもらいたいと思っています。
はじめちゃんは果樹園うめつの大黒柱です!


宿の前で記念写真です。
12日は東北自動車道も雪が所々にあり速度規制もありましたが
13日は朝から暖かないわきでありました。
これからララミューのお魚市場に行ってきます。

小川の辺(ほとり)


↑ ポスターはチェリーランド寒河江に行った時に写真に写したものです。
へ~~こんな映画もやるんだ~と言っていたら
息子が「ロケは山形市のいろいろなところでやっているよ~」と言っていました。
そうか君は山形市に通学しているもんね。ナルホド!

山形新聞より
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藤沢周平さん(鶴岡市出身)の小説が原作の映画「小川の辺(ほとり)」で
ロケ地となった山形市下宝沢の馬見ケ崎川上流に、
小屋や橋などのロケセットが再現されることになった。
映画公開(県内は6月18日、全国は7月2日)に合わせた時期になる見込み。

この場所は、脱藩した佐久間森衛(片岡愛之助さん)と
妻田鶴(菊地凛子さん)が潜む行徳(千葉県)の設定。
田鶴の兄戌井朔之助(東山紀之さん)と真剣を交えるクライマックスシーンを撮影した。

山形市は、映画のロケ地としてPRすることで、観光客の増加につなげたい考え。
ロケの際、河原に建てた小屋は、撮影後に解体されたものの、
現在、同市が保管しており、これを組み立てて再現する。
この計画は、27日夜に開かれた試写会を観賞した市川昭男山形市長が明らかにした。

一方、試写会では、藤沢さんの孫で高校2年遠藤浩平君(17)=東京都在住=が
映画の題字を手掛けたことも披露された。
浩平君が書く文字は「藤沢さんの字によく似ている」(小滝祥平プロデューサー)と
何度も試行錯誤を重ね、「小川の辺」の4文字を、
毛筆でぬくもりを感じさせる雰囲気に仕上げた。
ポスターやパンフレットなどで多くの人の目に触れるほか、スクリーンにも登場する。
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以上、山形新聞よりお借りしました。


↑ 小川の辺のセットの写真です。
なんかどこにでもありそうなセットですね~スミマセン。

実におもしろいのは
山形県知事と山県市長が映画に出演しているとのこと
そういえばニュースで「ほとんどすっぴんで・・・恥ずかしい」
と知事が言っていたのを聞いたような、
山形県知事は吉村美栄子、女性です。
これはぜひ見たい!!!と思わせる演出であります。

山形の庄内地方には庄内映画村もあり(冬の間は閉鎖中)
春になったら映画村にもぜひ行ってみたと思うのであります。
庄内映画村