「– 徒然なるままに」カテゴリーアーカイブ

雨の卒業式

3月23日は娘晴華の大学院の卒業式でした。
大学の卒業式も雨、まさかと思いましたが今日も雨でした・・・


入学式には行かなかったので一橋大学に入るのは初めてです。
こんな立派な建物があったんだ・・・
お恥ずかしい・・・

この建物は兼松講堂というそうです。
1927年伊東忠太博士の設計によるロマネスク様式の建築で、
2003年、リニューアル工事がおこなわれてたそうです。

学部生は午前中の卒業式で院生は14時からの式です。
父兄席は二階で席が急でちょっとびっくりでした。
レトロな建物ですね。いろいろと探検してみたくなりました。


下の方に学生さんたちが座っていますが
かなり空席があります。来ない人もいるとか・・・
大学院ってそんなものなのでしょうか?


大学院もまみちゃんといっしょに卒業です。
ICU高校の時からずっと一緒です。
晴華は色留袖を着たのでぐっと粋になりました。
亡くなった私の母の着物を着てくれました。
きっと母も喜んでいることでしょう。


外に出ると思わず肌寒い・・・
写真を撮るのも人がたくさんいて順番待ちです。

ちなみにICU大学の卒業式の時には

こんなローブを着ました。ちょっとかっこよかったです。
まみちゃんがローブを脱いでの撮影でした。
ちょっとピンぼけですみません。

卒業シーズン

3月16日は東邦薬科大学の卒業式でした。
酒田に住んでいた時に近所で娘と幼稚園から一緒に行っていたかなちゃんが
めでたく卒業となりましたので、保護者の一人?として
かなちゃんのお母さんと一緒に卒業式にでてきました。
他の大学の卒業式にでるのは初めてです(あったりまえか・・・)
仙台の電力ホールでの式でした。


ホールでの卒業式は客席が階段状なのでとても見やすかったのです。
卒業生は230名くらいでこじんまりとした卒業式でした。


華やかな袴の女子大生たち。
そういえば私も卒業式の時には袴をはきました。
今は大きなリボンを付けている学生なんて一人もいませんでしたが
あの当時は大きなリボンをつける頭が大流行でした!

ちなみに娘の大学院の卒業式は3月23日です。
今から楽しみです。

3月11日の夜

昨年の3月11日の夜も雪がちらついていました。
寒くて暗くて布団をかぶってラジオを聞いていたのを思い出します。

2012年の3月11日の夜も、仙台は雪が降っています。
昨年はさらっとした雪でしたが、今日はべたべたな水っぽい雪です。


うちの車の上にもうっすらと雪が積もりました。
一度雪かきをしてワイパーを上げました。

BS放送が映らなくなってしまいました・・・雪のせいかな?
こんなことは地震以来です。おかしいな。
大好きなトンイも見られません。CSで何とか見ましたが。

うちの隣りの車も同じように積もっています。
この車の持ち主のおうちのお兄ちゃん(25歳くらい)が
地震の時には家にいて通りかかったおばあさんをお家まで送って行ったり
大活躍をしていました。本当に優しいお兄さんです。

ラジオだけしか情報が入ってこなかったので
同じような言葉の繰り返しで、テレビが見たい!とどんなに思ったことか
被災地に必要なのは情報だと痛切に感じました。

今は暖かい部屋にいます。テレビも見られます。
パソコンもできます。
暖かい布団にも寝られます。
いつもは当たり前のことが当たり前ではない時。
2012年3月11日から12日にかけての夜は感謝の夜です。

東日本大震災から1年

東日本大震災から1年がたちました。

1年前のあの時には何をしていたのか・・・
3月11日は息子の引っ越しの荷物を東京へ運ぶために
朝からバタバタしていました。
車で東京へ行く予定だったので車には荷物を満載にしていました。
14時に出発予定だったので、着替えをしてコートまで着て
「遅いな~」と清さんを待っていました。
その時にグラグラと来たのです。
14時に出発していなくてよかったのです。

3日くらい留守をするはずだったので
押し入れは湿気がこもらないように開けていたので
押し入れの荷物はみんな落ちてきて散乱しました。

冷蔵庫の扉もあいてしまい、みんな落ちてきました。
食器棚の引き戸も開いていて食器も半分くらい落ちました。
(たぶん私が清さんが帰ってこないのでイライラして
水を飲んでそのまま開けっぱなしだったみたい・・・かなり反省)
炊飯器やオーブントースターのように上に置いてあるものは落ちましたし
テレビも前に倒れて液晶画面が壊れました。

幸い怪我はなく、息子もそばにいましたし
清さんともまもなく会うことができましたが
家の中がめちゃくちゃになって
しばしの間は動けずボー然としていました。
余震は怖かったのですが、どうしたらいいのかわからなくなってしまいました。

そんな時に息子は役に立ちました。
こんなにも頼もしいと思ったのは初めてです。(すみません)
暗くなる前に家の中をある程度片づけておくように言いつけられ
外の様子を見に行きました。コンビニで電池なども買ってきました。
公衆電話もかけてくれました。
私一人でなくてよかったと本当に思いました。

今は息子も東京の生活に慣れ、夫婦二人だけの仙台生活
はじめちゃん、きよのちゃんとの山形生活の相変わらずの往復ですが
遠くにでも子供たちがいるということだけで感謝です。

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地震の後、地震の写真を集めた本も多数でましたが
私が一番すごいなと思ったのはこの地図です ↓

東日本大震災 復興支援地図 昭文社から出ています。

2011年6月6日、東日本大震災の復興支援の一環で、
被災地域の地図帳「東日本大震災 復興支援地図」を発売する。
この地図は、復興支援に携わる機関へ5月26日から昭文社が
償提供しているものと同じ内容だ。
東北地方の太平洋沿岸部地域について、
被災前の状況と被災範囲が把握できる。
津波浸水範囲、災害対策本部、仮役場、避難所の位置、
主な道路の通行規制箇所なども掲載している。
B4版。全144ページ。オールカラー。
価格は1000円。売上の一部は義援金として日本赤十字社を通して寄付する。

この地図ができた頃とは今はずいぶん復興がなされていると思いますが
あの時を忘れないためにも私はこの地図を大切にしています。

3月10日から地震関連のテレビやラジオが流れていますが
あの映像を見ると悲しくなって心が重くなってしまいます。
忘れてはいけないのですが、忘れることも心が少し軽くなってきます。
これからは心のケアが必要になっている被災地だと思います。
孤独死や自殺など重い問題が課題になっています。

青色申告

私が子供の頃、近所に「青色申告会」というのがあって
青色というのはいったいなんだろう?と不思議に思っていました。

白色申告と青色申告と2種類あった
どちらも用紙の色からきていることがわかります。

まさか山形に嫁いでから青色申告会に入って勉強するなどと
思いもよらなかったことです。
毎年毎年お勉強の日々ですが東根でも年に2回の勉強会があります。

青色申告の用紙ここをクリックすると青色申告の用紙が見られます。
項目ごとに計算して、
電気代ならば農業用で30%、家庭用で70%というように按分計算をします。
電話代も同じように按分計算、なにもかもしっかりと計算しなくてはなりません。
帳簿とレシートと領収書との闘いなのです。

そんな計算の日々がようやく終わり、本日3月1日村山税務署に提出してきました。
いつもは3月3日ころと決めていましたが
3日は土曜日なのでがんばって1日に提出しました。
村山税務署の駐車場はさぞかし混んでいると思ったら
私の他に2台だけ・・・・
これにはちょっと唖然!
税務署の写真を撮ろうと思っていたのですが
駐車場係の人があまりにもこちらを見ているので
写真を撮る勇気がでませんでした・・・何か言われたらどうしよう。

3月1日の関山峠、山形県側に出たところ

気温計は久しぶりのプラス6℃
道路も久しぶりの路面乾燥状態!
道路脇の雪もかなり少なくなってきています。


東根体育館手前、よってけポポラの手前の
「月山眺望ライン」では目の前に真っ白い月山がバッチリでした。
目ではあんなにきれいに大きく見えるのに
写真に撮るとああ~正面の小さい白い物体が月山です。

今日は仙台市では市立高校の卒業式。
山形でも高校の卒業式。
去年は息子の高校の卒業式に行ったっけ!

お雛祭り


3月3日はひな祭り
山形では旧暦で祝うことが多く、4月まで飾っている所が多いのです。
このお雛様は私の生まれた時に買ってもらったもの。
その時にはまずはお内裏様とお雛様の上の段を買って
1年ごとに三人官女、3年目には五人囃子と1段ずつ増やしていったそうです。

全部で七段飾りなのですが、この時期の山形は部屋ごとに暖房をしているので
せっかく飾ってもふすまを閉めてだ~~れも見てくれないので
いつも一番上の段だけを飾っています。

51年前のお雛様には見えないです。
娘が生まれた時には新しいお雛様は買わずに
赤いもうせんとぼんぼりと橘と桜だけを新しくしました。
また木で組み立てていた七段の板の階段をスチール製にしましたが
これが重いのなんの・・・場所はとるし
8畳の間がいっぱいになってしまいます。
でもお道具類はすべて木で出来ていて重厚感があります。

○ャスコや○ーカドーでお雛様を売っているのですが
年々コンパクトになっていきますね、
それに顔がやけに小さいのです。
着物も現代的な柄が多く、時代の流れを感じます。


女雛のアップです。
写真で見るとわかりませんが、かなりこのお人形で遊んだせいか
顔に傷があったり、檜扇の房がとれていたり
天冠(てんがん) 女雛つけている冠の総称
が下をむいてしまったりと年季が入っています。


男雛です。

刀をさしていますが、この刀はちゃんと抜けるのです。
冠も折れていたり、遊んだ跡がかなりうかがえる年代物です。

男雛と女雛を合わせてお内裏様というのが本当で
♪お内裏様とお雛様二人並んですまし顔♪という歌は
ちょっと違っているそうです・・

でもこの二人の顔好きだな~
自分のお雛様が一番いい顔だと昔から思っています!

だんご木祭り


2月2日、節分の前日にだんご木の木が村の入り口の家で売られました。
だんごの木は1本500円からだそうです。
色とりどりのやわらかいだんごが200円

枝ぶりのいい木を選んで買い、だんごをさしていきます。
だんごの色は白、黄色、緑、ピンクと春らしい色です。
玄関が明るくなりました、ここだけ春がきました。


玄関の生け花も春らしい花をキヨノちゃんがいけました。
羽子板もお正月の名残ですがひな祭りも近いのでそのままに。
この羽子板は東京の父が娘のひな祭りの時に買ってくれたものです。
アザレア(西洋つつじ)も買ってきました。

金曜日は仙台から山形に行く予定です。
雪はもういらないです。

温泉に行こう!

ちらちらと雪の降る1月31日の山形県東根市。
雪かきのがんばりではじめちゃんも私も全身筋肉痛でみんなで温泉に行くことにしました。


朝9時過ぎに関山峠を越えて作並温泉のグリーングリーンに行きました。
関山トンネルの山形県側の気温は-6℃、圧雪凍結の路面です。
トンネルを抜けるともう宮城県仙台市青葉区です。
いつも仙台~山形で通っている国道48号線沿いに
LaLaリゾート グリーングリーンがあります。
↓

作並温泉グリーングリーン
日帰りプラン
平日限定プランの「笑みの膳」はお部屋、浴衣、バスタオル、小タオル(持ち帰り可)
半個室の食事処での昼食で朝10時半くらいから16時までたっぷりお休みできます。
なかなかお得なプランです。

お風呂は露天風呂もあり、本日は雪が舞う露天でゆっくりゆったり♪
雪片付けの疲れが解けていくようです。
はじめちゃんも大満足です。

帰りに車に戻ると車には5センチほどの雪が・・・
あらあら♪ また車の雪を寒い中落としました。
トンネルを抜けて仙台市青葉区になっても作並温泉は雪の中でした。
ここではじめちゃんたちは山形に帰り
私は仙台市泉区に向かって車を走らせました。

仙台の雪

連日ニュースで大雪の映像を流していますが
仙台は太平洋側なので雪はほとんど降っていません。
26日午後4時ころから急に雪が降り始めあっという間に真っ白になりました。
このままでは大雪かな?と思ったら、19時頃には雪はやみました。


26日22時に外に出て見ると車の上には1センチほどの積雪。
新潟県の十日町には本当に申し訳ないくらいの積雪です。


27日金曜日の朝に山形に行くので夜のうちに少しでも雪を落としておこうと
帽子、手袋、長ジャンバーを着込んで雪を落として荷物も少し積みました。
 
山形に電話をすると午後から雪が降り出して30センチ以上は積もっているとのこと。
峠はすべるやすいから気を付けてくるように言われました。

大雪が降っている北陸地方や北海道は本当に大変だと思います。
週末には私も雪かきのお手伝いをしっかりとしたいと思っています。
この頃は仙台にいることが多く、ぬくぬくしていてすみません・・・

過去の遠足シリーズ~9

秋田県阿仁町はマタギの里です。
紅葉も終わる2011年の11月末に、打当温泉(うっとうおんせん)の中にある
マタギ資料館に行ってきました。


マタギの里の入り口にある、木彫りの熊と一緒に撮影!
阿仁のマタギとは?


ちょっと古びたポスター 味のあるマタギのおじさんの写真に感動!
ポスターを写真で映す。

ポスターの写真は 故鈴木松治さん(阿仁打当)
山っていうものは教わるっていうよりも一緒に歩ぐうちに一人でに覚えてぐものな・・・
とにかく、山歩いて体で覚えるしかねぇんだ。
経験積むこどが一番大事だべ。それと、自分で考えねぇとだめだ。
「マタギ-森と狩人の記録」(田口洋美著、慶友社)


マタギ資料館の内部、
狭い空間にいろいろな物が展示されていました。

私の父方の父の父(おじいちゃん)は秋田県の能代市の出身です。
私が小学校入学の年に亡くなってしまいましたが
よくマタギの話をしてくれました。
親戚にマタギのおじさんがたくさんいたそうです。

私のルーツなのかなぜか心ときめく場所なのでありました。
DNAが騒ぐのかな???

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